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青森地方裁判所弘前支部 昭和50年(わ)5号 判決 1977年3月07日

被告人 松本隆 外四名

主文

被告人松本隆を禁錮一年六月に、被告人岩崎慶一を懲役一年六月に、被告人小田桐政吉を禁錮一年二月に、被告人石岡長太郎を禁錮六月に、被告人山口昭六を懲役二年にそれぞれ処する。

ただし、被告人五名に対し、この裁判の確定した日から二年間右各刑の執行を猶予する。

被告人岩崎慶一から金五万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人五名は、昭和四九年三月三日施行の五所川原市農業共済組合総代選挙に際し、それぞれ選挙権を有する者であつて、かつ、被告人松本隆(以下、被告人松本という。)は第三区投票所の、被告人小田桐政吉(以下、被告人小田桐という。)は第六区投票所の各投票管理者として投票を検査し、その数を計算し、調書である投票録を造り、投票の結局を報告する者、被告人石岡長太郎(以下被告人石岡という。)は第六区投票所の投票立会人として投票を検査し及びその数を計算する者、被告人山口昭六(以下、被告人山口という。)は第六区投票所の事務従事者であるところ、

(一)  被告人松本及び同岩崎慶一(以下、被告人岩崎という。)は、共謀のうえ、自派の候補者に当選を得させる目的で投票を偽造しようと企て、同月二日午後一〇時ころ、青森県五所川原市大字新宮字岡田一〇四所在の被告人松本方において、同被告人が投票管理者として第三区投票所で使用する投票用紙を保管しているのを奇貨として、被告人松本において、右投票用紙中の五枚に候補者奈良岡清三郎の、一二枚に候補者原三五一の各氏名を、被告人岩崎において、右投票用紙中の五枚に候補者奈良孝男の、一七枚に候補者岡田昭平の、二四枚に候補者笠井敏江の各氏名を、それぞれ鉛筆で記入したうえ、更に、被告人松本が、翌三日午後零時ころ、同市大字川山字千本三八の一所在の同市立中川中学校に設けられた第三区投票所において、右偽造の投票用紙合計六三枚を備付けの投票箱に投函し、もつて公選の投票を偽造し

(二)  被告人松本は、同月三日、右第三区投票所において、選挙の投票終了後、投票管理者として投票録を作成するに際し、前記(一)記載のとおり投票を偽造したにもかかわらず、その情を知らない同投票所事務従事者小野茂をして投票録第四項に「総代選挙に投票した組合員(選挙人)の総数三九六名」、同第五項に「投票用紙の総数五一〇枚、1.交付せるもの三九七枚、イ、投票せるもの三九六枚、ロ、書き損じたるもの一枚、2.残用紙一一三枚」と記載せしめたうえ、その記載の内容が虚偽であることを知りながら、これに作成者として投票立会人とともに記名押印したうえ、更に、同日、開票所である同市岩木町一二所在の五所川原市民文化会館において、右内容虚偽の投票録を真正なものとして、開票管理者兼選挙管理者太田秀男を介し、五所川原市農業共済組合に提出し、もつて詐偽の行為をなし

(三)(1)  被告人小田桐は、同月二日午後八時すぎころ、同市大字神山字野岸一四所在の自宅において、自己が投票管理者として第六区投票所で使用する投票用紙を保管しているのを奇貨として、右投票用紙中の五枚に候補者成田喜代治の氏名を鉛筆で記入したうえ、更に、翌三日午後零時三〇分ころ、同市大字神山字鶉野六七所在の同市立五所川原第二中学校長橋校舎に設けられた第六区投票所において、右偽造の投票用紙五枚を備付けの投票箱に投函し、

(2)  被告人小田桐及び同石岡は、共謀のうえ、自派の候補者に当選を得させる目的で投票を偽造しようと企て、被告人石岡が、同月二日午後九時ころ、同市大字野里字野岸三六の二所在の自宅において、被告人小田桐から交付を受けた第六区投票所で使用する投票用紙中の一〇枚に候補者須藤正美の氏名を鉛筆で記入したうえ、更に、翌三日午前一一時ころ、右第六区投票所において、右偽造の投票用紙一〇枚を備付けの投票箱に投函し、

(3)  被告人小田桐及び同山口は、共謀のうえ、自派の候補者に当選を得させる目的で投票を偽造しようと企て、被告人山口が、同月二日午後八時三〇分ころ、同市大字豊成字田子ノ浦九三ノ二所在の自宅において、被告人小田桐から交付を受けた第六区投票所で使用する投票用紙中の一二枚に候補者中川武徳の氏名を鉛筆で記入したうえ、更に、翌三日午前一一時ころ、右第六区投票所において、右偽造の投票用紙一二枚を備付けの投票箱に投函し、

もつてそれぞれ公選の投票を偽造し

(四)  被告人小田桐は、同月三日、前記第六区投票所において、選挙の投票終了後、投票管理者として投票録を作成するに際し、前記(三)((1)は自己において、(2)、(3)は共謀のうえ)各記載のとおり投票を偽造したにもかかわらず、その情を知らない同投票所事務従事者福士銑一郎をして投票録第四項に「総代選挙に投票した組合員(選挙人)の総数四六一名」、同第五項に「投票用紙の総数六一〇枚、1.交付せるもの四六二枚、イ、投票せるもの四六一枚、ロ、書き損じたるもの一枚、2.残用紙一四八枚」と記載せしめたうえ、その記載の内容が虚偽であることを知りながら、これに作成者として投票立会人とともに記名押印したうえ、更に、同日、前記開票所において、前記太田秀男を介し、五所川原市農業共済組合に提出し、もつて詐偽の行為をなし、(以上昭和四九年(わ)第一四七号事件)

第二、被告人山口は、同市大字広田字榊森一〇の八所在の五所川原市農業協同組合(以下、市農協という。)栄支所に勤務し、経済係長待遇として、政府買入れ米の取扱い事務、政府米の入出庫及び整理保管、並びに販売関係の米カードの整理保管等の業務に従事していたが、借金の返済に窮した末、従来、市農協がいわゆる余り米対策のために、青森食糧事務所に登録している非生産者や売渡し見込みのない組合員の名を借りて、政府米の売渡し手続をとつていたことを想起し、昭和四八年一〇月中旬ころ、たまたま右栄支所七号倉庫米のいわゆる帳尻を合わせるために付請負者に指示して、検査済みの政府買入れ米一〇〇袋を浮かせていたことを利用しようと考えるに至り、政府が生産者から一旦買い入れた産米について、青森食糧事務所をして二重に買入れ手続をとらせ、米穀販売代金名下に金員を騙取しようと企て、

(一)  同年同月二七日ころ、市農協栄支所倉庫において、政府が既に生産者荒関正男から買入れ手続を終了して入庫中の、昭和四八年産水稲うるち玄米五〇袋について、各袋に付してある農産物検査官の検査済み票箋を取りはずし、これに余り米対策のため、市農協において予約手続をとつていた架空の生産者である平山チナ名義の票箋五〇枚を付し、あたかも同人が政府に売り渡すべく五〇袋を搬入して入庫したもののごとく装い、入庫伝票を整えて、同人名義のいわゆる個人伝票を作成するとともに、その情を知らない市農協松島支所長三浦峰一(当四八年)をして、青森食糧事務所長に対し検査請求をなさしめ、同月二九日、右栄支所倉庫において、青森食糧事務所北津軽支所松島出張所主任検査官三浦操(当四六年)の検査を受けたのち、その情を知らない青森食糧事務所長斎藤力(当五四年)をして、該検査米の集計票等によ主要食糧買入れ代金支払証票の発行をなさしめ、右支払証票に基づき、政府の該米買入れ代金五一万六三〇〇円より同年八月一一日米穀概算金として既に振り込まれている金五万円を差し引いた金四六万六三〇〇円を、農林中央金庫から関係機関を経由して市農協の右平山名義の普通預金口座に振り込ませ、同年一一月一日、前記栄支所において、同支所次長福士勝久(当三〇年)に対し、架空の平山チナ名義により売り渡した生産者に代つて、平山名義の普通預金口座から政府米買入れ金の払戻し請求をするかのように装い、同人をして、その旨誤信させて所定の払戻し手続をとらせたうえ、同日、同所において、同人から、米穀販売代金名下に金五一万六三〇〇円の交付を受けて、これを騙取し

(二)  同年同月一九日ころ、前記栄支所倉庫において、政府が既に生産者其田金義から買入れ手続を終了して入庫中の、昭和四八年産水稲うるち玄米四八袋について、各袋に付してある農産物検査官の検査済み票箋を取りはずし、これに余り米対策のため、市農協において予約手続をとつていた架空の生産者である小野広名義の票箋二七枚、同三橋そめ名義の票箋二一枚を付し、あたかも同人らが政府に売り渡すべく小野において二七袋、三橋において二一袋を搬入して入庫したもののごとく装い、各入庫伝票を整えて、同人ら名義のいわゆる個人伝票を作成するとともに、その情を知らない市農協松島支所長三浦峰一(当四八年)をして、青森食糧事務所長に対し各検査請求をなさしめ、同月二一日、右栄支所倉庫において、青森食糧事務所北津軽支所松島出張所主任検査官小林清一(当四五年)の検査を受けたのち、その情を知らない青森食糧事務所長斎藤力(当五四年)をして、該検査米の集計票等により各主要食糧買入れ代金支払証票の発行をなさしめ、右各支払証票に基づき、小野分として政府の該米の買入れ代金二七万八八〇二円より同年八月一一日米穀概算金として既に振り込まれている金五万五〇〇〇円を差し引いた金二二万三八〇二円を、三橋分として政府の該米の買入れ代金二一万六八四六円を、それぞれ農林中央金庫から関係機関を経由して市農協の同人ら各名義の普通預金口座に振り込ませ、同月二四日、前記栄支所において、同支所貯金係佐々木繁子(当二三年)に対し、架空の小野広、三橋そめ名義により売り渡した生産者に代つて、同人ら各名義の普通預金口座から政府米買入れ金の払戻し請求をするかのように装い、同女をして、その旨誤信させて所定の払戻し手続をとらせたうえ、同日、同所において、同支所出納係工藤玲子(当三九年)から、米穀販売代金名下に金四九万五六四八円の交付を受けて、これを騙取し(以上昭和五〇年(わ)第五号事件)

第三、被告人岩崎は、昭和五〇年四月一三日施行の青森県議会議員一般選挙に際し、五所川原市選挙区から立候補した成田実の選挙運動者であり、かつ、同選挙区の選挙人であるが、右成田候補の選挙運動者である山川克治が、同候補の当選を得しめる目的をもつて、同候補のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与するものであることの情を知りながら、同年三月二六日ころの午後七時三〇分ころ、同市字柏原町二二所在の公衆浴場「西北温泉」二階において、同人から現金五万円の供与を受け(昭和五一年(わ)第一一〇号事件)

たものである。

(証拠の標目)(略)

(各争点についての判断―昭和四九年(わ)第一四七号事件について)

一、弁護人は、旧刑法にいわゆる公選に関する罪の規定は、既に効力を失つているから、該規定を適用することは違憲である旨主張する。

旧刑法第二編第四章第九節「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」二三三条ないし二三六条の規定は、明治一三年太政官布告第三六号によつて制定されたものであるところ、その後旧憲法が明治二二年に制定されたときに、その七六条によつて「憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令」であつて「遵由ノ効力ヲ有ス」るものとされ、現行刑法が明治四一年一〇月一日から施行されるに当り、旧刑法を廃止した際にも、刑法施行法二五条によつて「当分ノ内刑法施行前ト同一ノ効力ヲ有ス」るものとして存置されるに至つたもので、旧刑法中の前記規定は(該規定を廃止する趣旨の法令が設けられていないこと((昭和二五年四月一五日法律第一〇一号公職選挙法の施行及びこれに伴う関係法令の整理等に関する法律参照))にも鑑み)、昭和二五年五月一日の公職選挙法施行後においても、同法の適用又は準用のない公選の投票に対する関係では、依然として刑罰法規としての効力を有しているものと解するのが相当である(最高裁判所昭和二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁、同昭和四五年一二月一五日第三小法廷判決・刑集二四巻一三号一七三八頁各参照)から、右規定の失効を前提とする弁護人の右違憲の主張は採用できない。

二、弁護人は、旧刑法にいわゆる公選とは、公法人ないし公共組合の機関を構成するために行われる選挙を意味するもので、五所川原市農業共済組合は公法人でも公共組合でもないから、同組合の本件総代選挙は右公選には該当せず、したがつて、本件公訴事実中、旧刑法を罰条として訴追するそれについては犯罪構成要件を欠き、被告人五名は無罪である旨主張する。

そこで、判断するに、旧刑法第二編第四章第九節「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」二三三条ないし二三六条の規定が適用される公選とは、法令に依り公務に従事する者を選挙すること自体ないしその制度を意味するもの(大審院大正一〇年五月九日判決・刑録二七輯三二五頁等参照)と解せられるので、まず、本件総代が右にいう法令に依り公務に従事する者といえるか否かについて、次いで、本件総代選挙の法的根拠について順次検討を加えることとする。

(一) 「公務」の意義について

国あるいは地方公共団体の事務が、公務であることについては、特に問題はないが、その他の公共団体=公法人については、結局それが、例えば国の行政機関に準ずる性格のものとみられるか否かを、具体的に所定法規に従つて決定する以外にない。

この場合判例は、従来、それが公法人であるか否かを問題とし、公法人の事務はすなわち公務であるという論理で判断をすすめていた。

例えば、大審院判例にあつては、

(1) 大正三年四月一三日の判決は、「北海道土功組合法ニ因ル組合ハ北海道区町村又ハ其局部ノ公益上必要ナル事項即チ公共事務ヲ取扱フ為メ公法上設ケラレタル公共団体ナレハ其公法人ナルコト毫モ疑ナク云々」(刑録二〇輯五四三頁)として北海道土功組合を公法人、その役員を公務員と解し、

(2) 大正一二年一二月一三日の判決は、「農会ハ農事ノ改良発達ヲ図ルヲ以テ目的トスル法人ニシテ同第三条ニ記載スル農会ノ事業ハ宛モ商事ニ関シ商業会議所ノ目的トスル事業ト拘シク農事ニ関スル国家ノ公益事務ニ属スルモノナルコトヲ得ヘシ加之国家ハ農会ニ対シ其ノ事業ノ遂行ヲ国家ノ目的ニ適合セシムル為第三十四条ニ依リ農会ノ決議ノ取消、役員議員若ハ総代ノ解任又ハ改選ヲ命シ、事業ヲ停止得ルノ外農会ヲ解散スルヲ得ルニ至ルマテノ強大ナル監督権ヲ有スルヲ以テ農会ハ国家ニ対シテ其ノ事業遂行ノ公法上ノ義務ヲ負担スルモノト謂フヘク又第十六条及第三十条ニ依レハ農会会員ハ法律上加入ヲ強制セラレ町村農会会員ノ負担スル経費又ハ其ノ徴収セラルヘキ過怠金ヲ滞納スルトキハ農会長ノ請求ニ因リ町村税ノ例ニ依リ滞納処分ヲ受クルヲ見レハ農会ハ其ノ会員ニ対シ公法上ノ権能ヲ有スルコト明カナリ、以上ヲ綜合シテ査覈スレハ農会法ノ意ノ存スル所ハ旧法ノ認メタル農会ト異ナリ新法ノ農会ヲ以テ公法人ト為シタルモノトス」(刑集二巻九六五頁)として農会を公法人、その事務を公務、総代の選挙を公選とし、

(3) 昭和五年三月一三日の判決は、「水利組合ハ水利土功ニ関スル事業ニシテ特別事業ニ依リ県其ノ他ノ地方公共団体ノ事業ト為スコトヲ得サルモノナル場合ニ設置セラルル法人ニシテ其ノ目的トスル所ハ本来府県其ノ他地方公共団体ノ事業タルヘキ事務ヲ遂行スルニ在リテ……水利組合ハ国家力其ノ行政組織中ニ加フル趣旨ニ基キ目的ヲ附与シテ其ノ存立ヲ認メタルモノニシテ此ノ目的タル事業ヲ国家ノ監督ノ下ニ遂行スル公法人ナルコト明白ナリ」(刑集九巻一八〇頁)として水利組合を公法人、水利組合会議員を公務員とし、

(4) 昭和一一年一月三〇日及び同年七月一三日の判決は、前掲(2)の判例を引用し(刑集一五巻三四頁及び一〇〇一頁)て市農会議員及び農会の総代はいずれも公務員であるとし、

(5) 昭和一三年一二月二二日の判決は、「郡養蚕業組合ハ蚕糸業組合ノ一種ニシテ……組合ハ国家ニ対シテ其ノ事業遂行ノ公法上ノ義務ヲ負担シ一面其ノ組合員ニ対シ公法上ノ権能ヲ有スルモノト謂フヘク、従テ組合ノ事業ハ蚕糸ニ関スル国家ノ公益事務ニ属スルモノナルヲ以テ本件郡養蚕組合ハ其ノ性質上公法人ナリト解スルヲ正当ナリトス。又……本件県養蚕業組合連合会モ亦郡養蚕組合ト均シク公法人ナリト解スルヲ正当ナリトス」(刑集一七巻九六二頁)として郡及び県養蚕業組合連合会を公法人、その役員を公務員とする。

しかし、単に公法人であるという理由だけで、その事務は公務であるとする右大審院判例の見解については疑問がある。思うに、公法人と私法人との区別は、必ずしも十分明確であるとはいいがたく、学説においても指摘されているとおり、その区別は公法的色彩の濃淡による相対的なものにすぎないし、講学上公法人と呼ばれるものにも、その目的とする事務の性質が、私経済的で、私法人の事務と異なるところのないものもみうけられるのであつて、それらの職務をも一律に公務と解することにはにわかに賛成できない。

すすんで最高裁判例をみるのに、

(1) 昭和二六年四月二七日第二小法廷判決は、「『経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律』二条は同法所定の『会社若ハ組合又ハ此等ニ準ズルモノニシテ別表乙号ニ掲グルモノノ役員其ノ他ノ職員』について、涜職罪に関する罰則を規定し、右別表乙号には『二二』として県農業会が掲げられているのであるが、若し県農業会の職員が公務員ならば、刑法の涜職罪の規定が当然に適用せられるのであつてかかる同罪に関する特則を設ける必要はない。もとより、これらの職員に対して、特に法定刑を軽減するの趣旨を以て刑法涜職罪の規定に対する右のごとき特則が定められたものとは、右『経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律』制定の趣旨からして、到底考えられない。さらに、同法一条の規定と対比して見ると、同条は別表甲号に掲げる経済団体の『役員其ノ他ノ職員ハ罰則ノ適用ニ付テハ之ヲ法令ニ依リ公務ニ従事スル職員ト看做ス』旨を規定しているが同二条には、かかる規定は存在しない、すなわち以上各規定の趣旨からみれば、右別表甲号、乙号掲記の経済団体の職員はいずれも本来の意義における公務員ではないのであるが、ただ甲号団体の職員に限つて罰則の適用については公務員とみなされるに過ぎないことがわかる。従つて、本件農業会のごとき乙号掲記の団体の職員は、もとより公務員でなく、又公務員とみなされるものでもなく、ただ同法二条の涜職罪の規定の適用を受けるに止まるものというべきである。その他に右県農業会の職員を以て『法令ニ依リ公務ニ従事スル職員』と解すべき何らの法規上の根拠はないのであるから従つて県農業会は、これを公務所と解すべきでなく、その作成すべき出荷指図書のごときは公文書たる性質を有しないものと解すべきである。」(刑集五巻九四七頁)として、農業会が公法人であるか又は私法人であるかということを問題とすることなく、また右団体の実質的性格について検討することなく、ひとえに、「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」二条の規定を根拠として農業会の職員を刑法七条にいう公務員でないと判旨し、

(2) 昭和三〇年一二月三日第二小法廷決定は、「本件当時における特別調達庁は、特別調達庁法(昭和二二年法律七八号)にもとづいて設立された法人で、内閣総理大臣の監督の下に、経済安定本部総務長官の定める基本的方策に基き主務大臣の定める計画・指示に従い、連合国又は政府の需要する建造物・設備の営繕ならびに物質・役務の調達に関する業務で主務大臣の指定するものを行うことを目的とするものであつた(同法一条)。……そして、当時の特別調達庁は、国の行政機関そのものではないが、前掲のような目的・機構にてらし国の行政機関に準ずるものと認められ(同庁の会計は会計検査院の検査に服する。同法一九条)、その事務は右にいう『公務』にあたるものと解すべきである。……」(刑集一三巻二五九六頁)として、特別調達庁が法人であることは肯認するも、それが公法人であるか否かを問題とせずに、その目的機構に照らして、国の行政機関に準ずるものと認められるということを強調したうえ、その事務は刑法七条にいう公務、その職員を公務員と認めているのである。

要するに、これらの最高裁判例は、大審院時代の、公法人であるか否かをまず判定し、いやしくも公法人であれば、その事務は公務であるという考え方は採つていないのであつて、具体的事案における個々の法人につき、その実体に着目し、それが国又は地方公共団体ないしはこれに準じて考えるべき公共団体=公法人と認められるか否かによつて、その事務が「公務」に当るか否かを判別し、講学上の公法人中、「国又は地方公共団体ないしはこれに準ずるものの事務」のみを公務と認めようとしているものというべきである。

したがつて、公務とは、国又は地方公共団体ないしはこれに準ずる公共団体=公法人の事務をいうと解される。

(二) 農業共済組合の事務が「公務」に当るか否かについて

そこで、農業災害補償法による農業共済組合について検討する。

(1) 農業共済組合の一般的性格

農業共済組合の一般的性格についてみると、

(イ) 農業共済組合(以下、組合という。)は、原則として一又は二以上の市町村の区域を地区とし、その地区内に住所を有する農業者が、不慮の事故によつて受けることのある損失を補填して農業経営の安定を図るため、農業災害補償法(以下、単に法という。)に基づき共済事業を行うことを目的とする法人であること(法一条、三条、五条一項、八三条、八四条、八五条)、

(ロ) 組合の設立は、発起人による任意設立であるが、行政庁の認可を要すること(法二〇条、二一条一、三項、二二条ないし二六条)、

(ハ) 組合への加入の態様については、組合が成立したら当然に組合員となるものと、当然には組合員にならないものとがあるが、当然加入を原則としていること(法一五条一項、一六条一、二、三、五項)、

(ニ) 組合は、共済掛金等を滞納処分の例によつて強制的に徴収することができ、また、共済目的のある土地又は工作物に立ち入り調査できるなど公権力的な機能を有していること(法八六条、八七条、八七の二、九七条)、

(ホ) 組合は、解散の自由が制限されていること(法四六条三項)、

(ヘ) 組合は、国の厳しい監督に服すること(法一四二条の二ないし一四二条の七)、すなわち、行政庁は、組合からその業務若しくは会計に関し必要な報告を徴し、又はその業務若しくは会計の状況を検査することができ(法一四二条の二)、組合の業務又は会計の状況につき、毎年一回常例として検査しなければならないこと(法一四二条の三)、組合の業務又は会計が法令等に違反すると認めるときは、組合に対し必要な措置を採るべき旨を命ずることができ(法一四二条の五、一項)、共済事業につき、業務の執行方法の変更その他監督上必要な命令をすることもできるし(法一四二条の五、二項)、組合が命令に違反したときは、組合の役員の全部又は一部の改選を命じ(法一四二条の六、一項)、役員を解任し(法一四二条の六、二項)、組合の解散を命ずることができること(法一四二条の六、三項)、組合員による決議又は選挙若しくは当選の取消請求に対し、招集手続、議決の方法、選挙が法令等に違反していると認めるときは、当該決議又は選挙若しくは当選を取り消することができること(法一四二条の七)

等を規定上指摘することができる。

(2) 組合の事務内容

組合の行う事業は、共済事業であり、これには農作物共済・蚕繭共済・家畜共済・果樹共済・任意共済がある(法八三条)が、組合は、前三者を必須共済事業として行わなければならない(法八五条一項。後二者は任意、法八五条一二、一六項)。

このうち農作物共済目的は、水稲・麦等であり(法八四条一項一号)、その共済事故は、風水害、干害、冷害、雪害その他気象上の原因(地震及び噴火を含む。)による災害のみならず、病虫害、鳥獣害に及んでいる(法八四条一項一号)。

(3) 組合の経済的基礎等

組合は、組合員から一定の共済掛金を徴収し(法八六条一項)、共済事故の発生によつて生じた損害につき、一定の共済金を交付する(法八四条一項)。

農作物共済の共済掛金、共済金額、共済金についてみると、次のとおりである。

共済掛金は、組合ごとに、その定款で定めた共済掛金率を乗じて計算することになつているが、この共済掛金は、主務大臣が定める基準共済掛金率を下らない範囲で定めることとされている法一〇七条一項)。しかし、共済掛金は、その全部を農民が支払うのではなくて、国がその一部を負担している(法一二条一、二項)。

共済金額は、主務大臣が、収穫物の単位当り価格の一〇〇分の九〇に相当する額を限度として定める範囲内で、一律に定款で定める(法一〇六条二項)。そして、一定の共済責任期間内に、一定の共済事故が発生した場合には、これに従つて組合員に共済金が支払われるのであるが、それは、減収量が基準収穫量の一〇〇分の三〇をこえた場合であり、かつ、被害の程度に応じて一定の率を前述の共済金額に乗じた共済金が支払われるのである(法一〇九条一項、法施行規則二九条)。

国は、再保険事業を行い(法一三三条。法は、農民による農業共済組合を組織させ、その間に農業共済関係を成立させるとともに、組合による農業共済組合連合会を組織させ、その間に農業保険関係を成立させ、更に、政府の組合に対する再保険を行わせるという重層的付保構造をとつている。)、前述のように共済掛金の一部を負担するほか、組合の事務費(役職員の給料・手当・旅費、事務所費、会議費等)を負担し(法一四条、法施行令一条の五)、その他経費の一部を補助する場合もある(法一四条の二、一項)。

しかも、国庫負担は、毎年相当額にのぼつており、証人外崎彦十郎及び同三上登の当公判廷における各供述並びに五所川原市農業共済組合定款(以下、定款という。昭和五〇年押第一七号の三六)によれば、五所川原市農業共済組合が必要とする事務費予定額のうち、組合固有の収入予定額を差し引いた事務費については、国庫の負担金と組合員の賦課金でまかなうことになつているが、昭和四九年度における負担割合をみると、国庫が約七〇パーセント(職員給料手当では約九七パーセント)負担し、組合員負担は約三〇パーセントであること、また、共済掛金については、国庫が、農作物共済(ただし、共済目的が水稲の場合)及び蚕繭共済につき、それぞれ約六〇パーセント、果樹共済(ただし、共済目的がりんごの場合)につき約五〇パーセント負担していることを認めることができる。

(4) まとめ

以上を総合して考察すると、本件農業共済組合は、公益的公共的な性格・目的を有し、公法的色彩が極めて濃厚で、国家機関ないし準国家機関としての国の代行的性格を有する公共団体=公法人と解するのが相当であり、その事務は公務に当るというべきである。

(三) 組合の総代が「法令に依り公務に従事する者」といえるか否かについて

ところで、本件総代が、法令に依り公務に従事する者といえるためには、総代が公務に従事し、その公務に従事することが法令の根拠に基づくこと(その公務従事の関係は任命・嘱託・選挙等その方法を問わない。)を要する。

まず、総代が公務に従事しているか否かについて検討するに、総代は総代会を構成し(法四五条の二、定款一五条)、総代会の事務を行い、総代会は組合の最高意思決定機関である総会の代行機関として(定款一四条)、「一、定款の変更。二、毎事業年度の事業計画の設定及び変更。三、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書及び剰余金処分案又は不足金処理案。四、合併。五、役員の報酬。六、清算人の選任。七、解散による財産処分の方法又は決算報告書の承認。」に関する事項を議決することができる(定款一八条)とされる。

そうすると、総代は公務に従事していることは明らかであるというべきである。

次に、総代がその公務に従事することが法令の根拠に基づくか否かについて検討してみる。

法四五条の二(法三一条三項の規定を準用)によれば、総代は定款の定めるところにより組合員が総会で選挙する(ただし、定款の定めるところにより、総会外で選挙することができる。)とされ、定款はその一五条一項に、総代の定数は八〇人とし、附属書役員、総代選挙規程で定めるところにより、組合員が総会又は総会外において組合員のうちから選挙するものとすると規定している。

そうすると、組合の総代は、その公務に従事することが法令の根拠に基づくことは明らかであるというべきである。

(四) 本件総代選挙の法的根拠について

更に、法四五条の二(法三一条三項から八項までの規定を準用)は、被選挙資格、選挙施行の方法管理等について規定し、該規定によれば、総代の選挙は無記名投票によつて行うこと、投票は一人につき一票とすること、総代の選挙においては選挙ごとに選挙管理者、投票所ごとに投票管理者、開票所ごとに開票管理者をおかなければならないこととされている。

しかも、五所川原市農業共済組合についていえば、総代の選挙に関し、定款、定款附属書役員、総代選挙規程(定款一五条一項)及び役員、総代選挙に関する細則が存し、選挙ないし投票の方法等について詳細に定められている。

(五) まとめ

以上のとおりであるから、本件農業共済組合は国又は地方公共団体に準ずる公共団体=公法人、その事務は公務であつて、組合の総代は「法令に依り公務に従事する者」であり、かつ、総代の選出につき、法、定款に選挙ないし投票の方法等が定められていることに徴すれば、本件総代選挙は旧刑法にいわゆる「公選」に当り、その投票は右公選の投票と解するのが相当である。

したがつて、弁護人の前記主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人松本の判示所為中、第一の(一)の所為は、刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三五条、刑法六〇条に、第一の(二)の所為は、刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三六条に各該当するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の(二)の公選投票詐偽報告罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を禁錮一年六月に処する。

被告人岩崎の判示所為中、第一の(一)の所為は、刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三五条、刑法六〇条、六五条一項に、第三の所為は、公職選挙法二二一条一項四号、一号に各該当するが、第一の(一)の加重的投票偽造罪について同被告人には投票を検査し及びその数を計算する者との身分がないので、刑法六五条二項により旧刑法二三三条の刑を科することとし、公職選挙法違反の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第三の公職選挙法違反の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年六月に処する。

被告人小田桐の判示所為中、第三の(三)の(1)ないし(3)の各所為は、いずれも刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三五条((2)、(3)については刑法六〇条をも適用)に、第一の(四)の所為は、刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三六条に各該当するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の(四)の公選投票詐偽報告罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を禁錮一年二月に処する。

被告人石岡の判示所為は、刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三五条、刑法六〇条に該当するので、その所定刑期の範囲内で同被告人を禁錮六月に処する。

被告人山口の判示所為中、第一の(三)の(3)の所為は、刑法施行法二五条、一九条、二条、二〇条、旧刑法二三五条、刑法六〇条、六五条一項に、第二の(一)及び(二)の各所為は、いずれも刑法二四六条一項に各該当するが、第一の(三)の(3)の加重的投票偽造罪について同被告人には投票を検査し及びその数を計算する者との身分がないので、同法六五条二項により旧刑法二三三条の刑を科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の(一)の詐欺罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処する。

被告人五名に対しては、いずれも情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間それぞれその刑の執行を猶予し、被告人岩崎が判示第三の犯行により収受した現金五万円はその全部を没収することができないので、公職選挙法二二四条によりその価額金五万円を同被告人から追徴する。

なお、訴訟費用については、被告人らに負担させるのが相当でないから、被告人らに負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正 青山邦夫 佐藤學)

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